父が亡くなって、草ボウボウになっていた畑、と言っても家庭菜園を少し大きくした程度のものが二つ。
ひとつは石の下と父が呼んでいた住宅の裏。
もうひとつは、パチンコ屋が出来て、陽当たりが悪くなり、米には不適になってしまった、田んぼの端っこ。
パチンコ屋裏は、俺が時々草刈していたので、まだ畑の様相が残っていたけど、石の下は草花や笹の根が這い回り、腰まで雑草が生い茂る荒れ地と化していた。
かろうじて二畝だけを母がままごとのように守ってくれていて、丁度父が入院した頃に父から手解きを受け、ジャガイモを植えていた。
見舞の帰りに、ささっと耕してあげたら、母がとっても喜んでいたのを思い出す。
父の葬儀やらなんやら、慌ただしく過ぎ去るなかで採れたジャガイモは感激ものの美味しさだった。
父が買った種いも、俺が耕して、母が植えて、弟が花を摘んだ。
畑をどうするかという話になったとき、そんなことには全く興味を示さないばかりか、ほぼ行ったこともない弟が、少しは手伝っても良いと言う。
父が、先祖から預かった田畑などをいかに大切に守ってきたかという思いや、遺言という人生観に接したからだと思う。
「小松菜植えてみよか」
俺はもっとも失敗する可能性の低いものを薦めてみた。
つづく